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2023.12.07 THU

Vol.6 高め合える友人(ウェグナーとモーエンセン)

Vol.6 高め合える友人(ウェグナーとモーエンセン)

コンテンツ・テキストデザイナー 安達 剛士

1982年、鳥取県生まれ。
北欧インテリアショップに10年以上勤務し、鳥取、東京で約8年間店長を経験。北欧の暮らしにある本質的な豊かさに魅了され、自分らしさを楽しめる暮らし、コーディネートを多数手掛けた。
2022年より故郷の鳥取に戻り有限会社フォーリア・インテリア事業部を設立。インテリアコーディネーター資格を持ち、空間ディレクションの他、暮らしを楽しむ発信を行うなど広くインテリアに携わる。
2児の父でありながら、子どものように好奇心旺盛なインテリア愛好家。

デザインに生きた人々の物語

1940年代~1960年代は、デンマーク家具黄金期ともいわれる時代。その時代を彩った名作誕生の背景には、デザイナーを中心としたさまざまな人間関係と、私たちにとっても身近に感じられるストーリーがたくさん詰まっています。そんな人々にスポットをあて、人物相関図をもとに北欧デザインの魅力を紐解く物語です。

ともに学んだ学生時代、そして社会へ

ハンス J.ウェグナーとボーエ・モーエンセン。デザイナー同士の交流がこれほど表立つ関係は、そう多くはありません。デンマーク近代家具デザイナーとして歴史に名を残す2人は、1936年、コペンハーゲン工芸美術学校で出会い親交を深めます。年齢も同じで、家具職人のマイスター資格もすでに有していたという共通点が結ぶ縁。気の合った2人は、コペンハーゲンのアパートで一緒に暮らし、お互いに切磋琢磨しながらデザインの道を進んでいました。

ハンス J.ウェグナー(左)とボーエ・モーエンセン(中央)

それから数年が経過し、2人は別々の進路を取ることとなります。ウェグナーは豊かな才能を買われてアルネ・ヤコブセンとエリック・モラーの建築事務所で働き、オーフス市庁舎の家具をはじめとする現場で使われる家具をデザインすることで経験を積みました。その一方、モーエンセンはデンマーク王立芸術アカデミー家具科へ進学し、コーア・クリントらから、より高度な家具デザインを学び、その後の自身のデザインにおける基礎を徹底的に学びました。2人を取り巻く環境は大きく変わりましたが、それでも変わらず親交は続きます。

「スポークバックソファ」誕生の裏側

2人の親交について、こんなエピソードがあります。現在、フレデリシアファニチャーで製造され ている「スポークバックソファ」は、1945年、ボーエ・モーエンセンとハンス J.ウェグナーが共 同で出展したキャビネットメーカーズギルド(家具職人組合)の展覧会で発表されました。1942 年からFDBモブラー(デンマーク生活協同組合連合会家具部門)の企画デザイン担当責任者を務 めていたモーエンセンと、1943年に自身の設計事務所を立ち上げて活動していたウェグナー。若 く勢いのあった2人が、その展覧会で一緒にブースを手掛けることになりました。

それは、アパートをイメージした空間。寝室、ダイニングのデザインはそれぞれが受け持ち、リビング は2人で担当しました。そのリビングスペースのためにモーエンセンがデザインを手掛けたのが、スポ ークバックソファです。イギリスの伝統的なチェアをリデザインしながら、FDBモブラーでの知見も活 かし、独創的な新たな機能性を持たせたソファ。それまで主流となっていた肉厚のソファのイメージを 一新させるような作品が誕生しました。その裏側に、親友・ウェグナーとお互いに切磋琢磨するモーエ ンセンの姿も窺うことができます。デンマークを代表する2人のデザイナーが、デザインを通して交わ った貴重な物語です。

家具デザイナーならではの心温まる贈り物

一方、プラベートの面でも有名なエピソードがあります。モーエンセンに長男・ピーターが生まれた際に、親友のウェグナーから贈られた子ども用の椅子「ピーターズチェア(CH410)」についてです。子どもの名前“ピーター”も、ウェグナーが名付けたと言われているこのお話。時は第二次世界大戦中。物資も乏しくなかなか適当な贈答品を探すのが難しかった当時の情勢の中、ウェグナーは自身でデザインした家具をプレゼントすることを思いつきます。

この「ピーターズチェア(CH410)」は、セットになる「ピーターズテーブル(CH411)」と併せて製品化されました。最初に発売を開始したFDBモブラー以降、現在販売しているカール・ハンセン&サンに至るまで、いくつかのメーカーで発売され、半世紀以上にも渡って愛されるロングセラーとなっています。シンプルなパーツで構成され、工具を使わず組み立て、分解のできるという特徴は、ウェグナーの居たオーフスからモーエンセンの住むコペンハーゲンまでコンパクトに輸送ができたというメリットもありました。少し実生活を窺わせるそんなエピソードも残っています。

そんな2人が辿った道

現在でもデンマーク家具の歴史を語る上で欠くことのできないデザイナーとして挙げられる2人。ともに学んだ学生時代を経て、それぞれに自分の理想を追い求めて行ったその後の人生。それでも、同じ職種を志すライバルとして、また良き友人として、お互いに大きな存在であったといえるでしょう。デンマーク家具の全盛期とされる時代を、それぞれの強い信念で突き進んだ2人は、さまざまな偉業とともに後世に語り継がれることとなりました。

モーエンセンは36歳でFDBモブラーを独立し、自身のデザイン事務所を設立。恩師であるコーア・クリントの教えである、「人間工学に基づいたデザイン」が色濃く感じられるデザインを中心に数々の名作を残し、リス・アルマンやグレーテ・マイヤーといった他のデザイナーと協力した取り組みなどでも活躍しました。しかし、脳腫瘍を患い、58歳という若さで生涯の幕を閉じることとなります。

一方、ウェグナーは、79歳で現役を引退するまでデザインを続け、92歳までの生涯で500脚以上ともいわれる多くのデザインを残しました。1950年代以降、海外でデンマーク家具が脚光を浴びるきっかけをつくった立役者の1人でもあります。ルニング賞、ミラノトリエンナーレグランプリなど受賞の他、1984年には、デンマーク女王よりナイトの称号を得ます。そんな功績を讃えて、1995年には故郷のトゥナーに「ウェグナー美術館」が建てられました。

Vol.2 デザイナーたちのつながり」でもご紹介したように、ウェグナーはかつて20代の頃、アルネ・ヤコブセンの事務所で家具をデザインしていた時期があります。しかし親友であるモーエンセンは、そのヤコブセンとデザインに対するアプローチの違いから対立する関係にありました。雇用関係、友人関係、デザイナー同士にもさまざまな関係性があるものです。そんな人と人との繋がりは、時代を超えて私たちが親近感を抱くポイントでもあります。それだけ各々のデザイナーに個性があるということ。北欧デザインのおもしろさを紐解くために、ぜひ楽しんでもらいたい視点です。


参考:
・流れが分かる!デンマーク家具のデザイン史 / 多田羅景太・著 / 誠文堂新光社 /2019 年
・歴史の流れがひと目でわかる年表&系統図付き 新版 名作椅子の由来図典 / 西川栄明・著 / 誠文堂新光社 / 2021年
・美しい椅子 北欧4人の名匠のデザイン / 島崎信+生活ミュージアム・著 / 2003年

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fremtiden

「Fremtiden」はデンマーク語で
「未来へ」を意味する言葉。
私たちの決意と願いを込めて名付けました。

携わるすべての人たちが心豊かに過ごすために
「過去〜今〜未来」への道のりを
美しいところも、今起きている課題も
すべて正直に、皆等しく伝えます。

お店を通して、育てる人、作る人、使う人
みな理解し合い
ものにまつわるすべてを、
大切に丁寧に愛着をもって作り
使い、育て、次の世代へ
繋げていくことを願っています。

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