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2024.07.18 THU

北欧家具の名作を生み出したデザイナーたちの「人となり」 VOL.2 ポール・ケアホルム(Poul Kjærholm)- 後編

北欧家具の名作を生み出したデザイナーたちの「人となり」 VOL.2 ポール・ケアホルム(Poul Kjærholm)- 後編

多田羅 景太

1975年、香川県生まれ。京都工芸繊維大学デザイン・建築学系助教。京都工芸繊維大学造形工学科卒業後、デンマーク政府奨学金留学生としてデンマークデザインスクール(現デンマーク王立アカデミー)に留学。同校では、オーレ・ヴァンシャーやポール・ケアホルムに師事したロアルド・スティーン・ハンセンの下で家具デザインを学ぶ。デンマーク滞在中、スカンディナヴィアンファニチャーフェアなどの展覧会に出展。2003年、同校卒業後に帰国。08年までデザイン事務所にて、家具を中心としたインテリアプロダクトなどのデザインを手掛ける。現在、京都工芸繊維大学の他、尾道市立大学でも講師を務める。著書に『流れがわかる! デンマーク家具のデザイン史』(誠文堂新光社)。2022年に開催された「フィン・ユールとデンマークの椅子」展(東京都美術館)において学術協力および会場デザインを担当。

PK20の思い出

数年前にデンマーク王立アカデミーでワークショップとレクチャーを行った際、アカデミーのゲストアパートメントに一週間ほど宿泊する機会を得ました。コペンハーゲンの中央駅からほど近い建物の最上階に設けられたゲストアパートメントに足を踏み入れた私は、目の前に広がる光景に思わず息をのんだのです。アカデミーの教員によると、そのゲストアパートメントはポール・ケアホルムの妻、建築家のハンネ・ケアホルムによってリノベーションされたもので、リビング・ダイニングには夫のポール・ケアホルムがデザインした家具が複数置かれていました。そして、そこにはケアホルムの作品の中でも私のお気に入りの一脚であるPK20が置かれていたのです。大学生の頃、デンマークの家具の写真をよく眺めていたのですが、中でもケアホルムがデザインしたPK20の凛とした姿に強く惹かれたことを覚えています。しばらくの間PK20に身を預けながらケアホルム夫妻の共作ともいえる空間を眺めていると、長旅の疲れも吹き飛びました。

PK20

Less is more(レス イズ モア)

伝統的な「そり」の形状を思わせるカンチレバー(片持ち梁)構造の脚部と、緩やかなカーブを描くシートによって構成されたPK20ですが、スプリングスチールよる脚部のしなりと、革製のシートによる適度なたわみによってもたらされる浮遊感のある独特な座り心地がとても印象的でした。どの方向から眺めても美しく、空間を引き立たせる力を持ったPK20は、必要最小限のパーツで構成されています。ケアホルムが影響を受けたといわれるモダニズム建築の巨匠ミース・ファン・デル・ローエが提唱したLess is more(レス イズ モア)[i]という言葉を見事に体現した一脚といえるでしょう。

PK20のディテール

ケアホルムの細やかな精神性

シートに張られた革は一枚ものではなく、帯状の革をはぎ合わせて縫製されており、均等な間隔のボーダーラインはPK20の視覚的なアクセントとなっています。このアイデアは、他の革製のシートを製造する際に発生してしまう端切れを有効活用したいというケアホルムのアイデアによるものでした。脚部とシートをつなぐ小さなカーブによってシートが浮いたように見えますが、これは革のたわみによってシートの下部が金属のフレームに直接当たらないよう配慮したものであり、細部まで考え抜かれたデザインとなっています。ケアホルムの細やかな精神性と、デンマークの職人による質の高いものづくりが見事に融合したディテールは、PK20の大きな魅力です。

なお、革製のシートの代わりにラタン(籐)が張られたバージョンもあり、こちらは湿気の多い日本の気候にも適しています。畳を傷めにくい脚部のデザインと相まって、和室との相性も良いのではないでしょうか。

ラタン(籐)バージョンのPK20

ケアホルムの木製椅子

金属製の家具を中心にデザインしたポール・ケアホルムですが、晩年には木製の家具もデザインしています。金属製のアームチェアPK12(1964年)を木材でリ・デザインしたPK15(1979年)が、昨年フリッツ・ハンセンより復刻生産されるようになりました。以前はPPモブラーにおいて作られていたのですが、2000年代の前半に廃盤となってしまったので、復刻生産は嬉しいニュースです。

PK12(プロトタイプ)
PK15

木製のPK15は構造上の強度を高めるために、座面の下にはリング状の補強材が入れられ、コの字型に曲げられた後脚と背もたれは小さなパーツで繋がれました。必要最小限の構成要素を信条としていたケアホルムですが、金属とは勝手が違う木材の扱いに少し苦労した様子が窺えます。座面はラタン(籐)でカゴメ編みされており、視覚的な軽やかさとしなやかな座り心地を実現しています。金属製の椅子はどうしても重くなりがちですが、木製のPK15は軽量であるため、動かすことの多いダイニングチェアとしてもお勧めです。

PK15のディテール

ルイジアナ近代美術館のためにデザインされた特別な椅子

最後にポール・ケアホルムがデザインした特別な椅子を紹介したいと思います。コペンハーゲンから電車で40分ほど北上したフムレベックという小さな町の海岸沿いに、ルイジアナ近代美術館があります。緑に囲まれた広大な敷地に建てられた美術館の庭には彫刻作品が点在し、天気の良い日には対岸にスウェーデンを望むことができます。1976年にケアホルムは、この美術館の音楽ホールのために木製の折り畳み椅子をデザインしました。私が大学の春休みを利用して初めてデンマークを旅行したときにルイジアナ近代美術館へも行ったのですが、展示室から少し離れた音楽ホールに整然と並べられた折り畳み椅子を見て、その美しさに心を奪われました。規律あるリズムで整えられた空間からは、妥協を許さないケアホルムの精神性を感じることができます。

座面と背もたれの長方形のフレームはホワイトメープルで作られており、フレームの内側を直交するように編まれた座面と背もたれには、しなりに強いホワイトアッシュが使用されました。あじろ状に編まれた座面に腰を下ろすと適度なしなりを感じることができます。デンマークを訪れる機会があれば、ぜひルイジアナ近代美術館でケアホルムによる特別な空間を体験して欲しいと思います。

ルイジアナ美術館音楽ホールの折り畳み椅子

[i] ミース・ファン・デル・ローエが、モダニズム建築の先駆者であったペーター・ベーレンスの建築事務所にスタッフとして働いていた時にベーレンスから授かった言葉で、「少ないほど豊かである」という意味。

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fremtiden

「Fremtiden」はデンマーク語で
「未来へ」を意味する言葉。
私たちの決意と願いを込めて名付けました。

携わるすべての人たちが心豊かに過ごすために
「過去〜今〜未来」への道のりを
美しいところも、今起きている課題も
すべて正直に、皆等しく伝えます。

お店を通して、育てる人、作る人、使う人
みな理解し合い
ものにまつわるすべてを、
大切に丁寧に愛着をもって作り
使い、育て、次の世代へ
繋げていくことを願っています。

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