コンテンツ・テキストデザイナー 安達 剛士
1982年、鳥取県生まれ。
北欧インテリアショップに10年以上勤務し、鳥取、東京で約8年間店長を経験。北欧の暮らしにある本質的な豊かさに魅了され、自分らしさを楽しめる暮らし、コーディネートを多数手掛けた。
2022年より故郷の鳥取に戻り有限会社フォーリア・インテリア事業部を設立。インテリアコーディネーター資格を持ち、空間ディレクションの他、暮らしを楽しむ発信を行うなど広くインテリアに携わる。
2児の父でありながら、子どものように好奇心旺盛なインテリア愛好家。
幻のテーブルクロックの誕生
北欧を代表する建築家であり、デザイナーであるアルネ・ヤコブセン。1927 年にデンマーク王立芸術アカデミーを卒業後、1929 年に自身の建築設計事務所を設立します。1930 年代、ヤコブセンはベルビュービーチの総合リゾート開発を皮切りに数々の建築設計を手掛け、一躍その名を轟かせることとなります。そんな中で出会ったのが、当時のデンマーク最大手の電気機器メーカ ーであった Lauritz Knudsen(ラウリッツ・クヌーセン社)の取締役、 H.J. ハンセンでした。ハンセンの自邸の設計依頼を受けたヤコブセンは、そのプランの中でテーブルクロックのデザインに挑戦することになります。
その仕上がりに感銘を受けたハンセンは、ヤコブセンにテーブルクロックのプロダクトデザインを勧めます。そうして生まれたデザインが、1939年にシャルロッテンボーで開催された春の展示会でお披露目されました。
ヤコブセンはラウリッツ・クヌーセン社のために3型のテーブルクロック(1939年/LK、1939年/ROMAN、1943年/STATION)をデザインしました。ただ当時、デンマークはドイツの占領下となるなど第2次世界大戦の影響により、そのクロックはわずかな期間にて販売を終了します。そして、“幻のテーブルクロック”として語られることとなったのです。
ヤコブセンを象徴する言葉 “トータルデザイン”
ヤコブセンは、建築と空間を総合的にデザインする “トータルデザイン” を見事に実現させた 人物です。建築家である彼は、建物だけの設計ではなく、インテリア、設備を一体として捉え、 統一感ある空間を創出することで、その世界観もデザインしていたといえます。
その理念に基き、彼は施設のための時計デザインも手掛けます。1940 年代以降、オーフス市庁舎の「ROMAN」(※テーブルクロックのリデザイン)、ルードブレ市庁舎の「CITY HALL」、 彼にとっての遺作となったデンマーク国立銀行の「BANKERS」など、建築の世界観を示すアイコンともいえる時計を生み出しました。
また、ラウリッツ・クヌーセン社は、テーブルクロック「STATION」のデザイン性を高く評価し、デンマークの鉄道の駅で使われるウォールクロックにも採用。国内の鉄道駅にヤコブセンのデザインが普及することとなります。そしてヤコブセンは、時計という人々の暮らしに欠かせないプロダクトを通しても、デザイナーとして名を遺すことなったのです。
ヤコブセンクロック復刻への道
最初のテーブルクロックが生まれてから約 70 年が経った 2008 年。その幻となったクロックが、デンマークのローゼンダール社によって甦ることとなります。同社は、デンマークの伝統的なデザインに着目し、それを受け継ぎ、また未来へ残していく取り組みに力を入れていました。ローゼンダール社は、幻のテーブルクロック復刻のために、当時の販売元であったラウリッツ・クヌーセン社とプロジェクトを立ち上げ、「ROMAN」の設計図及び「BANKERS」「CITY HALL」の現存する希少なオリジナルクロックを入手することに成功しました。
また監修として、ヤコブセンの愛弟子である建築家、テイト・ヴィアラント(写真左)を招きました。彼は 1960 年代から 1970 年代にかけて5年に渡りアルネ・ヤコブセン建築事務所に在籍した経歴を持ち、ヤコブセンの死後も、アルネ・ヤコブセン建築事務所を引き継いだ「ディシング+ヴァイトリング建築事務所」にて従事。亡きヤコブセンの精神を引き継ぐ後継者の一人です。
ヤコブセンクロックの復刻にあたって、ヤコブセンのスタイル、信念を 100% 忠実に再現することに徹底してこだわりました。その中で、一体型を実現した文字盤や、美しく弧を描くミネラルガラスとステンレスケース、裏蓋、色などに、テイト氏のこだわりが特に色濃く感じられます。
テイト氏は後にこう語っています。
「私はどんなリクエストに対しても、製造業者が最後まで責任を放棄しないということを唯一の条件として、このプロジェクトへの参加を決めました。私は製造過程の様々な機会で『No』を言ってきました。それは、私にはこの製品がオリジナルと限りなく近いことを保証する責任があったからです。 針、ケーシング、ガラスの形状…、ありとあらゆるところを調べ、そして全てを乗り切りました。」
忠実な再現と時代に合わせたアップデート
母国デンマークの地で甦ったヤコブセンクロックは、オリジナルデザインを忠実に再現することはもちろん、現代に合う機能性を加えることでアップデートも図りました。
ヤコブセンクロックの全ての製品の特徴とも言えるステンレスケースとの一体型を実現した文字盤は、ステンレスケースの曲面に直接印刷をすることで、平坦では決して表現できない独特の立体感を演出しています。
また、復刻にあたって、テーブルクロックのアラーム音にもこだわりました。当時、ヤコブセンは電子アラーム音の開発に意欲を示しながらも、技術的に実現には至りませんでした。しかし、ローゼンダール社は、試行錯誤の末、そのアラーム音も完成させます。新しく専用に開発したアラームは、電子音ながらも当時を感じさせるベル音を奏でます。
オリジナルを忠実に再現するという、遺されたデザインへ最大限の敬意を払いながら、現代の暮らしに合わせてアップデートも図る。ただ名作を甦らせるだけでない、本質と深く向き合うことで生まれるデザインは、そんなものづくりの姿勢があるからからこそ、後世にも遺るプロダクトとして受け継がれていくのでしょう。
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