Reading

2023.06.22 THU

Vol.1 時代を築いた北欧デザインのはじまり

Vol.1 時代を築いた北欧デザインのはじまり

コンテンツ・テキストデザイナー 安達 剛士

1982年、鳥取県生まれ。
北欧インテリアショップに10年以上勤務し、鳥取、東京で約8年間店長を経験。北欧の暮らしにある本質的な豊かさに魅了され、自分らしさを楽しめる暮らし、コーディネートを多数手掛けた。
2022年より故郷の鳥取に戻り有限会社フォーリア・インテリア事業部を設立。インテリアコーディネーター資格を持ち、空間ディレクションの他、暮らしを楽しむ発信を行うなど広くインテリアに携わる。
2児の父でありながら、子どものように好奇心旺盛なインテリア愛好家。

暮らしに根付く「名作」が生まれる背景とは?

私たちの周りにあるさまざまな「どうぐ」には、長く愛される「名作」と呼ばれるものがあります。そんな名作デザインを長く受け継ぐ暮らしの例としてよく挙げられるのが、北欧の国々です。歴史的なデザインが身近に溢れる風土の中で育った人たちは、その作品をリスペクトしながら、自然と自分たちの日常に溶け込ませた暮らしを送っています。

なぜ、そんな環境が育まれたのでしょうか?そこには私たちの暮らしをよりよいものへ導くヒントがありそうです。これからお話しするのは、北欧の名作デザイン誕生の背景を辿る物語。かつて実際にあったリアルな逸話は、私たちに新たな興味深い世界を見せてくれます。そんな歴史を知ることで、何となく遠い国のことに思えていた北欧、そして憧れの名作家具も、きっと身近な存在に感じられ、親しみ深くなることでしょう。

工業化がもたらした新しいものづくり

18世紀後半にイギリスで起こった産業革命は、世界各国を工業化へと導いた一方で、粗悪な工業製品の大量生産、市場流通という弊害も生みました。それに反発して19世紀末に起こったのが、手仕事による良質な製品の製作、芸術と生活を一体とする思想を唱えたアーツ・アンド・クラフツ運動です。さらに20世紀になると、芸術と機械化を融合させて合理的にプロダクトを生産する機能主義思想が広がり始めました。

そんな思想の広がりを加速させたのが、ドイツに設立された芸術教育学校「バウハウス」(1919-1933年)です。バウハウスでは、工芸、写真、デザイン、美術、建築など多領域に渡る教育が行われ、その教えによって合理性と機能性を追求する近代デザインの礎が築かれました。そしてその流れは、「モダニズム主義」として世の中に知られ、1920年代、ヨーロッパを中心に大きく広がりを見せることになります。

押し寄せる工業化の波に対して北欧諸国はどうだったかというと、もともと資源にあまり恵まれていない風土もあって勢いそのままに広がることはありませんでした。いずれの国々も各国の抱える事情に合わせて、工業化を伝統の文化と融合させることで成長を遂げ、それぞれの国としてのアイデンティティを確立していくことに繋がりました。それは、今に続く「北欧デザイン」の新たなはじまりだったといえます。

「北欧家具」といえば、真っ先に挙がる国の一つがデンマークでしょう。特にデンマーク家具の最盛期ともいわれる1940~1960年代頃は、名作と呼ばれる家具や著名なデザイナーが多く生まれた時代でした。またその時代は、第2次大戦後の情勢とも重なり、デンマーク国民の暮らしにおいて大きな転換期となりました。そして、デンマーク国民だけでなく世界に向けても“デザイン”を通してアピールし、今に続くデンマークデザインの礎が築かれた時代だったともいえます。

北欧の小国・デンマークに訪れた転機と新たな挑戦

デンマークデザインにおけるものづくりが発展した根底には、限られた資源である森林を活かして生計を立ててきた土壌があります。デンマークは古くから家具づくりに力を入れてきた国です。歴史を遡ること450年以上前、「1550年代には家具職人組合であるキャビネットメーカーズギルドが生まれていた」といわれてます。そこで特筆すべきは家具職人を育成するシステム。マイスター制度という職人資格を制定し、腕の良い職人が師匠となって技術面での指導を行い、ビジネスに必要な教育は組合が行いました。

かつてのデンマーク家具は、今に知られるようなシンプルで洗練された家具とは別の様相でした。伝統的なクラフツマンシップの上に成り立っていた家具づくりは、富裕層に向けた装飾的で重厚なものばかり。その一方で、1920年前後には工業化によってめまぐるしい発展を遂げる安価な海外製品が、デンマーク国内でも勢いに乗って市場を広げていく状況になりました。

そこに生まれたのは、力を注いできた伝統的な家具づくりが脅かされる危機感です。また当時の課題として、デンマーク一般国民が手にする家具は、富裕層向けのクラシックなものか、品質を担保されない量産品かに限られていたことも挙げられます。そんな状況を打開すべく、デンマーク国産家具の新しい道を切り拓く挑戦が始まったのです。

1920年代には、家具職人の優れた技術を消費者に向けて発信する場として、キャビネットメーカーズギルドの展覧会が開催されるようになります。海外から輸入できる高級木材を利用し、腕の良い職人が高品質の家具を製作するという、国産家具の魅力をアピールする目的がありました。ただ、新しさを発信することには当然反発もあるものです。若手デザイナーが手掛けるモダンな家具の斬新さに対し、クラシックな考えを受け継ぐ人たちは懐疑的であり、すぐにデンマーク国民の暮らしへ広がることはありませんでした。

歴史に名を遺すデザイナーたちが生まれた背景

さて、ここから物語ははじまります。今でこそ世界で知られる「デンマークデザイン」や「デンマーク家具」の誕生の裏には、デザイナーたちによる歴史を切り拓くチャレンジがありました。もちろん、デザイナーひとりでプロダクトを誕生させることはできません。歴史を辿ると、デザイナーにはその知識や技術を伝えた恩師がいたり、また各々のデザイナーが影響を与え合ったりするなど、人を通して学ぶことも大いにありました。さらに、デンマーク家具の本質ともいえる「ものづくり」の背景を語る上で、デザイナーとともに開発に携わった協力者の存在も欠かせません。

そんな人と人との関わりから、デザインに生きた人々のさまざまな物語が生まれました。広く知れ渡る有名な話もあれば、ごく身近な人だけが知る逸話もあったりします。こちらの連載では、今から100年程前から動き始めたデンマーク家具全盛といわれた時代を、デザイナーを中心とした「ひと」の視点で掘り下げていきます。そしてそこに生まれた人間関係や、まつわる逸話を紐解くことで、デザインに生きた人々の本質に迫ります。「ひと」を知ることで、そこに生まれた「もの」の背景が見えてくる。そんな側面に、デンマークデザインの奥深い魅力を知ることができるのです。


参考文献

・流れが分かる!デンマーク家具のデザイン史 / 多田羅景太・著 / 誠文堂新光社 /2019 年

この他の最新記事を読む

fremtiden

「Fremtiden」はデンマーク語で
「未来へ」を意味する言葉。
私たちの決意と願いを込めて名付けました。

携わるすべての人たちが心豊かに過ごすために
「過去〜今〜未来」への道のりを
美しいところも、今起きている課題も
すべて正直に、皆等しく伝えます。

お店を通して、育てる人、作る人、使う人
みな理解し合い
ものにまつわるすべてを、
大切に丁寧に愛着をもって作り
使い、育て、次の世代へ
繋げていくことを願っています。

Page
Top