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2023.08.10 THU

Vol.2 有田焼、再び世界へ

Vol.2 有田焼、再び世界へ

コンテンツ・テキストデザイナー 安達 剛士

北欧インテリアショップに10年以上勤務し、鳥取、東京で約8年間店長を経験。北欧の暮らしにある本質的な豊かさに魅了され、自分らしさを楽しめる暮らし、コーディネートを多数手掛けた。
2022年より故郷の鳥取に戻り有限会社フォーリア・インテリア事業部を設立。インテリアコーディネーター資格を持ち、空間ディレクションの他、暮らしを楽しむ発信を行うなど広くインテリアに携わる。
2児の父でありながら、子どものように好奇心旺盛なインテリア愛好家。

400年の伝統で培われた確かな技術

日本有数の焼き物の産地、佐賀県・有田。この地で日本最初の磁器(白磁)が生まれたとされています。はじまりは、1616年。ブランド名の由来ともなっているこの年、陶工・李参平によって歩みを始めた“有田焼”は、時とともに新しい試みを続け、現在へ受け継がれています。1650年頃からは海外への輸出も始まり、高級磁器として名高いマイセン(ヨーロッパ初の硬質磁器窯)にも影響を与えたといわれています。そうして世界でも通用するブランドへと成長を遂げていったのです。

元来、「柿右衛門様式」や「鍋島様式」など、その絵付けレベルが高く評価されている有田焼ですが、耐久性の高さも折り紙つき。焼成時間にこだわり、高温でじっくり長く焼き締める製法は、他の陶磁器と比べて高い強度を生んでいます。また、土の状況や湿度環境によっても仕上がりに影響してくるため、職人の経験、勘によって製造過程に手を加えることにより、その高いクオリティを維持しています。

世界で活躍するデザイナーによる有田焼の新しい解釈

ブランド発表時にデザインを担当した柳原照弘とショルテン&バーイングスの2組は、ともに焼き物のデザインは初めての挑戦だったといいます。各々のデザイナーがそれぞれの視点によって伝統ある有田焼を紐解きながら、ブランドコンセプトといえる“世界の食卓のこれまでにないスタンダード”を追求していきました。その後にコレクションをリリースしたピエール・シャルパン、セシリエ・マンツも含め、デザイナー4組に共通してあるのは「有田焼」へのリスペクトです。

各デザイナーが解釈する有田焼と、フォルム、色、素材、サイズ、機能性、料理との相性などさまざまな視点にフォーカスした新しい個性が融合することにより、4通りの世界観が表現される新しい有田焼のコレクションが誕生しました。世界を知るデザイナーたちだからこそ加えられるエッセンスが、このプロダクトの持つ可能性を大きく広げています。

有田焼の再興と世界のスタンダードを目指すストーリー

1616/arita japanの製造元である百田陶園。前身の百田家は1647年(正保4年)~1871年(明治4年)まで鍋島藩有田皿山代官所統括のもと、窯焼きの仕事に従事していました。その情熱を受け継ぎながら現在は有田焼の総合商社として、有田の窯元と共に妥協のないものづくりを続けています。

長きに渡って受け継がれる有田焼は、その時代に応じて美術品、業務用食器、工業製品など多彩な姿を見せてきた歴史があります。2010年頃、新たな過渡期にあった有田焼の状況に対し、百田陶園は一大プロジェクトへと歩みを進めました。クリエイティブディレクターとしてデザイナー・柳原照弘を迎えて立ち上げられたブランド「1616/arita japan」は、有田焼の再興、世界のスタンダードをつくる、という目標を掲げ、社運を賭けて挑んだプロジェクトでした。そしてデザイン、クオリティ、価格、すべてに自信を持ったものづくりは、数年後には世界でも評価をされるブランドへと成長を遂げることになったのです。

その後百田陶園は、2016年には有田焼創業400年事業として行政とも連携し、ブランド「2016/」をスタート。有田焼だけにとどまらず、有田の町の再生へ向けた取り組み、世界へ向けた発信も行っています。

fremtiden

「Fremtiden」はデンマーク語で
「未来へ」を意味する言葉。
私たちの決意と願いを込めて名付けました。

携わるすべての人たちが心豊かに過ごすために
「過去〜今〜未来」への道のりを
美しいところも、今起きている課題も
すべて正直に、皆等しく伝えます。

お店を通して、育てる人、作る人、使う人
みな理解し合い
ものにまつわるすべてを、
大切に丁寧に愛着をもって作り
使い、育て、次の世代へ
繋げていくことを願っています。

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