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2025.08.28 THU

名作北欧家具を生み出したデザイナーたちの「人となり」 VOL.8 ハンス J.ウェグナー(Hans J. Wegner)- 後編

名作北欧家具を生み出したデザイナーたちの「人となり」  VOL.8 ハンス J.ウェグナー(Hans J. Wegner)- 後編

多田羅 景太

1975年、香川県生まれ。京都工芸繊維大学デザイン・建築学系助教。京都工芸繊維大学造形工学科卒業後、デンマーク政府奨学金留学生としてデンマークデザインスクール(現デンマーク王立アカデミー)に留学。同校では、オーレ・ヴァンシャーやポール・ケアホルムに師事したロアルド・スティーン・ハンセンの下で家具デザインを学ぶ。デンマーク滞在中、スカンディナヴィアンファニチャーフェアなどの展覧会に出展。2003年、同校卒業後に帰国。08年までデザイン事務所にて、家具を中心としたインテリアプロダクトなどのデザインを手掛ける。現在、京都工芸繊維大学の他、尾道市立大学でも講師を務める。著書に『流れがわかる! デンマーク家具のデザイン史』(誠文堂新光社)。2022年に開催された「フィン・ユールとデンマークの椅子」展(東京都美術館)において学術協力および会場デザインを担当。

前編に続いて、後編でもハンス J. ウェグナーのデザインを通して彼の「人となり」に迫りたいと思います。

インガ婦人お気に入りの一脚

私が日常的に愛用している一脚に、ハンス J. ウェグナーが1965年にデザインしたPP701(ミニマルチェア)があります。仕事用の椅子として、かれこれ20年近く愛用していますが、ナチュラルレザーのシートが経年変化によって飴色に変色しており、共に過ごしてきた年月を物語っています。PP701は、もともとウェグナーが自邸の食卓用にデザインしたものでした。ウェグナーがデザインした椅子には珍しく、脚部を含むフレームは金属のパイプで作られていますが、軽量で扱いやすいため、ウェグナーの妻インガ婦人のお気に入りの一脚でもあったそうです。

ウェグナーの自邸の食卓

笠木に宿るクラフトマンシップ

PP701の魅力のひとつに、寄木のように木材を組み合わせて作られた笠木[i]のデザインがあります。PP701の笠木は、腰椎に沿うように削られた背もたれから、両サイドに伸びるショートアームで構成されています。この形状をひとかたまりの木材ブロックから削り出すと端材が多く出ることに加え、木材の繊維が一方向に限定されてしまうため、十分な強度を確保することが難しくなります。そこでウェグナーは、笠木を背もたれの中心で左右に分割し、それらを色味の異なる十字型の木材で繋ぎ合わせた後に、上下を薄い単板と無垢材でサンドするという方法をとりました。背もたれの中心で左右2枚の木材を繋ぎ合わせる手法は、PP505(カウホーンチェア、1952年)やPP518(ブルチェア、1961年)にもみられますが、PP701の場合は背中の十字型の模様がデンマークの国旗を思わせるデザインとなっており、ウェグナーの遊び心がうかがえます。

PP701(ミニマルチェア)の笠木
PP518(ブルチェア)の笠木 

姿勢がよくなる椅子

私はPP701を仕事用の椅子として使用していますが、長時間座っても疲労が溜まりにくく、腰が痛くなることもありません。これは個人的な見解ですが、いわゆるオフィスチェアは可動箇所が多いためか正しい着座姿勢を維持することがかえって難しく、長時間座っていると疲れてくることがあります。一方PP701は深く腰掛けると、腰椎をしっかりサポートしてくれる箇所に背もたれが配置されており、腰に負担がかかりにくい着座姿勢へと自然に導いてくれます。もともとダイニングチェアとしてデザインされたPP701ですが、長時間腰かけることの多い仕事用の椅子としてもお勧めです。

背もたれの形状について医師と議論するウェグナー

ウェグナーの挑戦

ウェグナーの作品の中から次に紹介するのは、成形合板[ⅱ]の技術を活用したCH07(シェルチェア)です。第二次世界大戦後の1940年代後半から50年代にかけて、アメリカのチャールズ&レイ・イームズ夫妻を筆頭に、多くの家具デザイナーが成形合板を活用した椅子のデザインに取り組みました。10代の頃に木工職人として修業を積んだウェグナーは、無垢材を用いた椅子のデザインを得意としていましたが、成形合板という新たな技術に魅力を感じ、1948年にニューヨーク近代美術館によって主催されたローコスト家具コンペに参加しています。ウェグナーのデザイン案は残念ながら受賞しませんでしたが、無垢材にはないミニマルな造形が可能となる成形合板に大きな可能性を感じたに違いありません。翌1949年には、成形合板で作られた座面、背もたれおよびヘッドレストを組み合わせたラウンジチェアをキャビネットメーカーズギルド展で発表しています。このラウンジチェアは、同時に発表されたザ・チェアとともに大きな注目を集めましたが、製造コストが掛かり過ぎることがネックとなり、製品化には至りませんでした。しかしながらウェグナー本人はこのラウンジチェアを気に入っており、長年自邸で愛用していました。

成形合板による造形 

時代を先取りしたデザイン

その後も成形合板を用いた椅子に対するウェグナーの試行錯誤は続けられ、1963年に開催されたキャビネットメーカーズギルド展で発表したのがCH07です。CH07は大きく湾曲した座面と背もたれを複雑なカーブを描く脚部で支える構造となっていますが、いずれのパーツも紙に描いた曲線をそのままZ軸方向に伸ばしたような単純な曲面で構成されているため、成形型も比較的単純な形状で済みます。しかしながら量産に必要な金型の製作には巨額の投資が必要となることに加え、当時の来場者からの評判も芳しくなかったことから製品化には至りませんでした。時代がまだ早すぎたのかもしれません。コペンハーゲンの工芸博物館(現デザインミュージアムデンマーク)で開催された、ウェグナーの生誕70周年を記念した展覧会(1989年)においても、再びプロトタイプが数脚制作されましたが、このときも製品化には至りませんでした。

部屋の隅にも置きやすいデザイン

しかし1998年にカール・ハンセン&サンがCH07の製品化に踏み切り、今ではウェグナーの代表作のひとつとして人気を集めています。前脚が2本、後脚が1本のCH07は、真上から見るとおむすび型の三角形となっているため、部屋の隅にも置きやすいデザインです。座面と背もたれの形状は非常にシンプルですが、ウェグナーの手にかかればミニマルな曲面構成でもここまで座り心地が良くなるのかと、思わず唸らされる一脚です。コーヒーを片手にCH07に座ってくつろぐのが私の休日の楽しみです。


[i] 椅子の背もたれで一番上部の箇所。

[ⅱ] 厚さ1mm程度の薄い板を複数枚接着剤で貼りあわせ、型に入れて曲面に成形する技術。

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fremtiden

「fremtiden」はデンマーク語で
「未来へ」を意味する言葉。
私たちの決意と願いを込めて名付けました。

携わるすべての人たちが心豊かに過ごすために
「過去〜今〜未来」への道のりを
美しいところも、今起きている課題も
すべて正直に、皆等しく伝えます。

お店を通して、育てる人、作る人、使う人
みな理解し合い
ものにまつわるすべてを、
大切に丁寧に愛着をもって作り
使い、育て、次の世代へ
繋げていくことを願っています。

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