多田羅 景太
1975年、香川県生まれ。京都工芸繊維大学デザイン・建築学系助教。京都工芸繊維大学造形工学科卒業後、デンマーク政府奨学金留学生としてデンマークデザインスクール(現デンマーク王立アカデミー)に留学。同校では、オーレ・ヴァンシャーやポール・ケアホルムに師事したロアルド・スティーン・ハンセンの下で家具デザインを学ぶ。デンマーク滞在中、スカンディナヴィアンファニチャーフェアなどの展覧会に出展。2003年、同校卒業後に帰国。08年までデザイン事務所にて、家具を中心としたインテリアプロダクトなどのデザインを手掛ける。現在、京都工芸繊維大学の他、尾道市立大学でも講師を務める。著書に『流れがわかる! デンマーク家具のデザイン史』(誠文堂新光社)。2022年に開催された「フィン・ユールとデンマークの椅子」展(東京都美術館)において学術協力および会場デザインを担当。
目次
前編に続いて、後編でもセシリエ・マンツのデザインを通して彼女の「人となり」に迫りたいと思います。まずは、デンマークのオーディオブランドであるバング&オルフセンとセシリエ・マンツのストーリーを紹介させていただきます。
バング&オルフセンの思い出
デンマークのオーディオブランド、バング&オルフセン(B&O)の製品を初めて目にしたときの驚きは今も忘れられません。本体に手をかざすと正面のガラス扉が自動で開くオーディオプレイヤーに、私は一瞬で魅了されました。しかし大学生だった当時の私にとって、バング&オルフセンの製品はあまりに高価であり、高嶺の花だったのです。
時は流れてバング&オルフセンは私にとって「憧れ」から「お気に入り」のオーディオブランドとなりました。Bluetooth[i]で接続できるワイヤレスイヤホンBeoplay EXは、スマートフォンで音楽を聴くときに欠かせないアイテムです。そして学生時代に憧れたオーディオプレイヤーBeoSound 2000は、ネットオークションで状態のよい中古を探して手に入れることができました。
ランチボックスのようなポータブルスピーカー
このように個人的にも思い入れが強いバング&オルフセンですが、ポータブルスピーカーBeolit12が発表された時のこともよく覚えています。オーディオ製品とは思えないランチボックスのようなユニークな形状に加え、デザイナーがセシリエ・マンツであることに私は驚きました。当時、デンマーク期待の若手デザイナーとして頭角を現していたセシリエですが、主に家具、照明器具、ガラス製品、食器などを手掛けており、使い勝手の良いフレンドリーなデザインが人気を博していました。一方、バング&オルフセンに対する従来のブランドイメージは、ヘアライン仕上げのアルミニウムを全面に押し出した無機質かつ未来的なものであり、どちらかといえば男性が好む「かっこいい」デザインだったのです。そのためセシリエ自身も、バング&オルフセンからデザインのオファーがあったとき、最初は何かの間違いではないかと思ったそうです。
しかし、バング&オルフセンの本社工場があるストルーア[ⅱ]を訪れ、最高品質のオーディオプレイヤーを開発するために切磋琢磨するエンジニアの姿に心を打たれたセシリエは、オファーを快く受け入れました。オーディオプレイヤーの仕組みを一から学ぶ必要があったセシリエにとって、これは大きな挑戦だったに違いありません。
最新技術とレトロな雰囲気が同居するBeolitシリーズ
バング&オルフセンから提示された条件は「スピーカーを気軽に持ち運ぶ」ことでした。ランチボックスを連想させるBeolit12のフレンドリーなデザインは、この条件に対するセシリエらしい回答といえるでしょう。当時、iPodや初期のiPhoneをドックと呼ばれる端子に差し込んで接続するスピーカーは存在しましたが、据え置き型が多いことに加え、接続端子の規格が変更されると使用できなくなるという問題を抱えていました。そこでセシリエはAirPlay[ⅲ]を利用した無線接続を提案しましたが、音質に強いこだわりを持つバング&オルフセンのエンジニアを説得するのに苦労したそうです。
重量を軽くするために本体はプラスチックでできていますが、バング&オルフセンの伝統的なマテリアルであるアルミニウムの板にパンチング加工[ⅳ]を施し、周囲をぐるりと囲みました。そして、タイプライターやスーツケースなどに昔よく使われていた革製のハンドルを加えることによって、最新技術と少しレトロな雰囲気が同居したBeolit12が完成したのです。コンパクトながらパワフルかつバランスの良いサウンドが持ち味のBeolit12でしたが、その後の改良でBluetoothによる接続も可能となり、最新モデルのBeolit20ではQi 規格によるワイヤレス充電[ⅴ]ができるようになっています。
有田焼とのコラボレーション
さて、前回のコラムでも少し触れましたが、セシリエの両親は陶芸家であり、幼少期に家族で佐賀県にある有田焼の産地を訪れたことがあります。縁とは面白いもので、柳原照弘氏[ⅵ]がクリエイティブディレクターを務める有田の陶磁器ブランド1616 / arita japanから2021年にCMA“Clay”collectionを発表しました。地理的にも遠く離れ、話す言葉も異なる有田の職人とのコラボレーションでしたが、何百枚ものスケッチや図面に加え、3Dプリントしたモックアップなどを駆使しながら綿密な対話を繰り返すことで、47種類にもおよぶコレクションが完成したのです。
生活者の視点でデザインされたCMA“Clay”collection
平皿、深皿、ボウル、カップ、ティーポット、キャンドルホルダー、花器などから成るCMA“Clay”collectionは、電子レンジや食洗器も使用もでき、お皿やボウルは積み重ねて収納することができます。生活者の視点で考えられたセシリエらしいデザインといえるでしょう。カラーはホワイトとアースグレーの二種類があり、持ったときの手触りや質感の違いを含め、それぞれの色に最適な土が使用されています。伝統的な有田焼に見られるような華やかな装飾はありませんが、シンプルで日常生活に馴染みやすいCMA“Clay”collectionは、普段使いにお勧めしたいアイテムです。
リ・デザインのあるべき姿
セシリエは現在のデンマークデザイン界を牽引するデザイナーのひとりですが、その存在は黄金期に活躍したデザイナーの延長線上にあります。そして、過去の作品に対して誠実に向き合っているからこそ、高い評価を得ているのではないでしょうか。例えばBeolitシリーズには革製のハンドルが付いていますが、そこには革を使用するだけの合理的な理由が備わっており、過去の作品を表面的にまねただけではありません。
「向き合うべき課題に対して、何を解決すべきか、そして素材として何を選ぶべきかを十分に検討したうえで、その課題に最適なマテリアルを選択するべきです。」とセシリエ自身も語っていました[ⅶ]。これこそリ・デザインのあるべき姿だといえるでしょう。
[i] デジタル機器用の近距離無線通信規格。Bluetoothという名称はデンマークの王(10世紀頃)、ハーラル1世ゴームソン(青歯王)に由来する。
[ⅱ] ユトランド半島中西部にある町。ストルーア博物館には、過去にバング&オルフセンで製造されていた製品も展示されている。
[ⅲ] Apple独自規格のAirTunesに由来するメディアストリーミング技術。2010年にAirPlayとしてApple以外の製品にも対応するようになった。
[ⅳ] 穴あけ加工
[ⅴ] 本体上部のトレーにQi 規格対応のスマートフォンなどを置くとバッテリーを充電できる。
[ⅵ] プロダクト/ 空間デザイナー。2012年より1616 / arita japanのクリエイティブディレクターを務める。
[ⅶ] 2019年に筆者がセシリエ・マンツに行ったインタビューより。