Reading

2025.02.20 THU

名作北欧家具を生み出したデザイナーたちの「人となり」VOL.3 アルネ・ヤコブセン(Arne Jacobsen)- 後編

名作北欧家具を生み出したデザイナーたちの「人となり」VOL.3 アルネ・ヤコブセン(Arne Jacobsen)- 後編

多田羅 景太

1975年、香川県生まれ。京都工芸繊維大学デザイン・建築学系助教。京都工芸繊維大学造形工学科卒業後、デンマーク政府奨学金留学生としてデンマークデザインスクール(現デンマーク王立アカデミー)に留学。同校では、オーレ・ヴァンシャーやポール・ケアホルムに師事したロアルド・スティーン・ハンセンの下で家具デザインを学ぶ。デンマーク滞在中、スカンディナヴィアンファニチャーフェアなどの展覧会に出展。2003年、同校卒業後に帰国。08年までデザイン事務所にて、家具を中心としたインテリアプロダクトなどのデザインを手掛ける。現在、京都工芸繊維大学の他、尾道市立大学でも講師を務める。著書に『流れがわかる! デンマーク家具のデザイン史』(誠文堂新光社)。2022年に開催された「フィン・ユールとデンマークの椅子」展(東京都美術館)において学術協力および会場デザインを担当。

前編に続いて、後編でもアルネ・ヤコブセンのデザインを通して彼の「人となり」に迫りたいと思います。

初めて手に入れたデンマークの椅子

私が初めて手に入れたデンマークの椅子は、アルネ・ヤコブセンが1952年にデザインしたアリンコチェアです。1990年代後半に、3本脚のアリンコチェアが日本で流通しなくなるかもしれないという噂があったのですが、京都のとある家具屋さんでセールになっていた3本脚のアリンコチェアを見かけた大学生の私は、思い切って購入することにしました[i]。当時住んでいた学生向けワンルームマンションに、憧れのアリンコチェアを持ち込んだときの嬉しさは、今でもよく覚えています。

学生時代に購入したアリンコチェア

ヤコブセンがこだわり続けた3本脚の椅子

日本では3本脚の椅子は珍しいですが、デンマークをはじめヨーロッパ諸国では時折見かけるスタイルです。一説には石畳の多いヨーロッパの路地などでも安定して腰かけることができるように、3本脚の椅子が普及したといわれています[ⅱ]。3本脚の椅子に座るには少しコツが必要で、メーカーのフリッツ・ハンセンは4本脚のアリンコチェアも製造したいとヤコブセンに提案したそうですが、「人が座れば5本脚になる」などと言って頑なに断り続けたそうです。結局ヤコブセンが亡くなるまで、4本脚のアリンコチェアが実現することはありませんでした。

革新的なデザイン

アリンコチェアの後にはセブンチェア(1955年)、ムンケゴーチェア(1955年)、グランプリチェア(1957年)、リリー(1970年)がデザインされており、さらにはシートにパディングを施したものやひじ掛けが備わったもの、キャスターやバースツールタイプの脚部が付いたものなど、様々なオプションが用意されました。これは最初にデザインされたアリンコチェアが革新的なデザインであったことの証だといえます。

斬新かつモダンなデザインを実現した新技術

アリンコチェアをはじめ、これら一連のシリーズは、当時まだ新しかった成形合板[ⅲ]という技術を活用して作られています。従来のデンマークの椅子とは全く異なるアリンコチェアやセブンチェアは、非常に斬新かつモダンなものでした。北欧におけるモダニズム建築の旗手であったヤコブセンにとって、自らが設計したモダンな建築に見合う、モダンな家具や調度品をデザインすることは必然だったのでしょう。

1960年に開業したSASロイヤルホテル(現ラディソンコレクションロイヤルホテル)のためには、エッグチェア、スワンチェア、ドロップチェア、ポットチェアなどがデザインされましたが、固い硬質発砲ウレタンで内部のシェルを成型し、柔らかい軟質発砲ウレタンでクッション性を与え、最後に革や布地を張って仕上げるという、当時最新の技術を用いて作られました。

みにくいアヒルの子とスワンチェア

これらSASロイヤルホテルのためにデザインされた椅子のなかで、個人的に好きなモデルはスワンチェアです。デンマークの童話作家ハンス・クリスチャン・アンデルセンの代表作に『みにくいアヒルの子』という物語がありますが、いじめられっ子のひなが美しい白鳥に成長して周囲を魅了したように、スワンチェアの優雅で美しいフォルムは数多くの宿泊客を魅了したことでしょう。コンパクトながら、お尻から腰にかけて包み込むようにサポートしてくれるスワンチェアは、日本のリビングルームにもちょうどよい一脚だと思います。また、ヤコブセンはSASホテルの調度品として、レストランで使用するカトラリーやバスルームの水栓、そして客室のドアノブまでデザインしており、彼の完璧主義者としての一面をみることができます。

晩年の秀作ロドオア中央図書館

最後にヤコブセンが設計した数多くの建築物の中から、コペンハーゲン近郊のロドオア市にある中央図書館を紹介したいと思います。1956年にロドオア市の中心部に市庁舎が建てられましたが、中央図書館はその市庁舎に向かい合うように1969年に建てられました。平屋の建物の外壁には、グレーの石材プレートが張り巡らされており、まるで要塞のような印象を与えます。

ロドオア中央図書館外観

ヤコブセンのこだわりが詰まった空間

正面玄関から内部に入ると、受付カウンターの奥に多目的ホールがあり、その両サイドには整然と書架が並べられた空間が広がります。そして、天井にはヤコブセンがムンケゴー小学校を設計した際にデザインしたムンケゴーランプが規律よく配置されており、館内に十分な照度を提供しています。書架や照明器具の他にも、館内を構成する全ての要素がグリッド上に規則正しく配置されており、ここにもヤコブセンの強いこだわりを感じることができます。一方で、館内には中庭が複数設けられており、窓際に設置されたスワンチェアに腰かけながら、柔らかな自然光の下でのんびりと読書を楽しむことができます。

ロドオア中央図書館内観
ロドオア中央図書館内観

地下室に隠されたエピソード

先程、まるで要塞のような外観と述べましたが、図書館の地下室は、有事の際に核シェルターとして利用することを想定して設計されたそうです。第二次世界大戦後、米ソを軸にした東西冷戦が80年代後半まで続きましたが、戦時中、隣国のスウェーデンに亡命していたヤコブセンはどのような思いでこの図書館を設計したのでしょうか。ヤコブセンによる建築作品のなかでは比較的マニアックな存在かもしれませんが、ロドオア市民に親しまれているこの図書館は、晩年の秀作として一見の価値があるでしょう。

地下室へとつながる螺旋階段 

[i] 結局3本脚のアリンコチェアはその後も廃盤にならず、現在でも購入可能です。

[ⅱ] 地面がデコボコしていると4本脚の椅子はガタガタしますが、3本脚の椅子は安定します。

[ⅲ] 厚さ1mm程度の薄い板を複数枚接着剤で貼りあわせ、型に入れて曲面に成形する技術。

この他の最新記事を読む

fremtiden

「Fremtiden」はデンマーク語で
「未来へ」を意味する言葉。
私たちの決意と願いを込めて名付けました。

携わるすべての人たちが心豊かに過ごすために
「過去〜今〜未来」への道のりを
美しいところも、今起きている課題も
すべて正直に、皆等しく伝えます。

お店を通して、育てる人、作る人、使う人
みな理解し合い
ものにまつわるすべてを、
大切に丁寧に愛着をもって作り
使い、育て、次の世代へ
繋げていくことを願っています。

Page
Top